FC2ブログ

「2つの目標」整合の試み~BOEのフォワードガイダンス

  • カテゴリ:未分類
  • コメント:0件
  • トラックバック:0件
FRB・日銀・ECBに続き、英イングランド銀行も低金利政策維持のフォワードガイダンスを明示し、失業率7%をその指標に採用した。英国は、これら4カ国・地域の中で唯一インフレ率が目標を上回っており、かつ英国は中銀の最大の使命を物価安定に置いている。かかる制約のもとで失業率を政策中間目標に設定するために、精緻な分析と立論がなされている。

失業率7%まで低金利継続とのフォワードガイダンス設定

英イングランド銀行BOEは7日、カーニー新総裁のもとで初のリリースとなる四半期インフレーションレポート、及び「金融政策のトレードオフとフォワードガイダンスMonetary policy trade-offs and forward guidance」と題する文書(以下「同文書」)を公表した。同文書は、英財務大臣の要請に基づき「産出の変動回避」と「インフレターゲティング」のトレードオフについての分析と、金融政策変更についての「明示的なフォワードガイダンス設定の適切性評価」を行ったものである。内容は8月1日のBOEの金融政策委員会MPCで決定されたものである。

因みにBOEは、前月7月4日のMPC声明文で「委員会の見方によれば、最近の国内経済の進展からは政策金利の今後の引上げ期待は正当化されない」と述べ、緩やかなフォワードガイダンスを設定していた。同時に、3月の財務大臣からの権限付与remitの要請にこたえて、8月のインフレーションレポートでフォワードガイダンスにつき回答すると予告していたものである。

同文書によれば、MPCは結論として1日の会合で「失業率が少なくとも7%の閾値thresholdにまで低下するまで、政策金利を現在の0.5%の水準より引上げない」というフォワードガイダンスを決定した。さらに「MPCは失業率が7%を上回っている間追加的金融刺激が妥当と判断した場合は更なる資産購入を実施する準備がある」「失業率の閾値に達さないうちは、、MPCは[3750億ポンドの]資産購入の残高を減少させず、、期日到来した資産を、、再投資する」としている。

なお、このフォワードガイダンスは次の3つのノックアウト条件knockoutsが抵触された場合は停止されるとされた。ノックアウト条件は「MPCの見通しにおいて18~24ヶ月先のCPIインフレーションが2%の政策目標を0.5%以上上回る可能性が高くなった」とき、「中期的インフレ期待が十分に抑制されanchoredなくなった」とき、「金融政策スタンスが金融安定化に著しい脅威を与えると金融安定委員会FPCが判断した」ときである。

同文書では、MPCがこのフォワードガイダンス決定に至った経緯と背景が詳細に記述されている。以下ではその主なポイントにつき概観する。

インフレ目標と失業率目標との整合性確保の論理

BOEが採用したフォワードガイダンスとノックアウトは、FOMCが2012年12月12日の声明文で公表したフォワードガイダンスに類似している。FOMCは同日の声明文で「少なくとも失業率が6.5%を上回っている限り、また1~2年先のインフレ率見通しが委員会の長期目標2%を0.5%以上上回らない限り」「また長期的インフレ期待が抑制され続けている限り」FF金利0-0.25%の低金利政策が妥当とのガイダンスを示した。

ところでFOMCは、議会より所謂2つの使命dual mandateすなわち「物価安定」と「雇用の最大化」を与えられている。ここからは、FOMCが失業率をフォワードガイダンスの目標として採用することは自然だといえる。

一方、BOEは政府の定めるインフレ目標の達成を第一の目的としている中銀であり、雇用は明示的な使命とはされていない。BOEは裁判所から2つのcore objective、すわなち「通貨安定」と「金融安定」を付与されている。通貨安定の第一の戦略的優先目標が「インフレ率を政府目標の2%に見合うよう維持すること」とされている。また財務大臣は年1回、BOE総裁宛のMPC宛権限付与書remitにおいて、2%の政府インフレ目標を都度確認している。

BOEがインフレターゲティング採用を継続すると同時に失業率をフォワードガイダンスの目標(中間政策目標)に設定することを可能にするロジックが同文書に所謂「トレードオフ」、および「経済ののりしろslack」の考え方である。

物価安定と成長とのトレードオフ

オズボーン財務大臣は3月のPMC宛remitにおいて、政府の2%インフレ目標の確認とともに、「[経済や金融の]ショックや混乱の結果、時にインフレ実績はこの目標から乖離することもありうる」「かかる環境下でインフレーションを目標に維持する試みが、この短期的トレードオフにより産出に望ましくない変動をもたらす可能性がある」「MPCは従って、インフレーションが目標から一時的に乖離することを許容することもある」と述べている。

これは従前のremitにはなかった文言である。昨年のremitは、インフレ率が目標の2%から1%以上乖離した場合には委員会による財務大臣への書面での説明を求める、というインフレ目標達成重視の内容であった。つまりオズボーン財務大臣は今年新たに、経済成長への悪影響がある場合は一時的にインフレ率が目標から乖離することを「トレードオフ」の観点から新たに許容したといえる。

同文書でBOEは、「このアプロ―チ[フォワードガイダンス設定]はMPCの目的と整合的である」「MPCの主たる目的は物価安定維持―政府により設定された2%のインフレ目標―と、、、政府の経済政策支援である」と改めて明記している。そこで上記のremitの文言を引用したうえで「MPCは経済拡大とインフレ率が目標に回帰するまでのスピードとの間のトレードオフに直面する」ことがあるとしている。特に現在のような「例外的な環境」(金融危機後の生産低下と低金利政策)下では、インフレ率が2%を上回りかつ生産回復が遅れるという事態になっていることを認識している。

フォワードガイダンス設定の仕方:状況条件ガイダンス

「フォワードガイダンスの実施」題する章において同文書は、フォワードガイダンスにつき3種類の設定の仕方を挙げて検討している。同文書によればガイダンス設定は「オープンエンドガイダンスOpen-ended guidance」「時間条件ガイダンスTime-contingent guidance」「状況条件ガイダンスState-contingent guidance」の3通りがある。

「オープンエンド・ガイダンス」とは「将来の金融政策につき定性的なガイダンス」を提供するものである。これには、FOMCが2003年8月~12月の声明文で用いた「当分の間for a considerable period」、2008年12月~2009年1月の「暫くの間for some time」、2009年3月~2011年6月の「長期間にわたりfor an extended period」、ECBが今年7月の理事会後の総裁記者会見で用いた「長期間にわたりfor an extended period of time」などが該当する。なお、日本銀行が2013年4月以降用いている「2%の『物価目標』の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで」というガイダンスも同文書では(後述の状況条件ガイダンスではなく)オープンエンドガイダンスに該当するとされている。

「時間条件ガイダンス」とは金融政策変更の具体的な時期を提供するガイダンスである。FOMCが2011年8月~2012年10月の声明文で用いた「例外的な低金利政策が少なくとも2013年半ばまで(この間「2014年半ばまで」、更に「2015年半ばまで」に修正)妥当である可能性が高い」というガイダンスがこれに当たる。

「状況条件ガイダンス」とは経済情勢を表す指標を金融政策変更の条件とするガイダンスである。これには、2012年12月のFOMC声明文以降今日まで用いられている「少なくとも失業率が6.5%を上回っている限り、また1~2年先のインフレ率見通しが委員会の長期目標2%を0.5%以上うわまらない限り」「また長期的インフレ期待が抑制され続けている限り」などが該当する。

これら3通りのガイダンス設定方式を吟味の結果、MPCは「状況条件ガイダンス」を現環境下で最も適切なガイダンスと結論づけている。

物価安定と経済指標の選定とノックアウト

「物価安定と経済活動指標の選定」と題する節において同文書は、状況条件ガイダンスに採用するいくつかの物価安定指標と経済活動指標を検討している。検討の対象となった指標は「名目GDP」「名目GDPショートフォール」「需給ギャップ」「実質GDP成長率」「失業率」「就業率」「インフレ率」「MPCのインフレ予測」「外部インフレ期待」である。

検討の結果MPCは、実体経済活動指標として「失業率」を、物価安定指標として「MPCのインフレ予測」及び「外部インフレ期待」を採用することと決定した。また、MPCは「物価安定指標をノックアウトとして定義することが適切と考える」「なぜなら物価安定はMPCの主たる目的だからである」「こうすることにより、MPCは物価安定を脅かさない限りにおいてフォワードガイダンスに則り[政策を]継続できる」としている。

つまり、MPCの第一の使命である物価安定をノックアウト条項とすることで、物価安定がフォワードガイダンスに優先することとを明示し、もってインフレ目標と失業率フォワードガイダンスの整合性を理論的に維持したといえる。

失業率を指標として採用した理由

MPCは現在の例外的な経済環境の特徴として、「生産性productivityの低下」と「供給過剰 spare capacity(または「経済ののりしろslack」)」を2つの要素として挙げている。今後の経済回復過程において、生産性向上と経済ののりしろ縮小がいかなる過程を経るかが極めて不透明で
あるとしている。

同文書では、失業率が経済ののりしろを表象する指標であり、「中期的な均衡失業率[自然失業率]と実際の失業率の乖離が、賃金圧力を評価する最も適切な労働市場ののりしろの指標」であるとしている。

また生産性に関しても、失業率を指標に用いることで「企業内ののりしろを縮小させることを十分に支援する金融政策を設定」することが可能であり、また「生産性上昇の弱さが需要に関係するとすれば、MPCは生産成長が強くても政策金利を0.5%以上に引上げない意図を示唆することができる」として、失業率を有効な指標だとしている。

ここでの同文書の論理展開はやや複雑であるが、要約すると次のようになると考えられる。生産性向上と経済ののりしろはこれらもトレードオフの関係にある。生産性上昇は生産の拡大を意味すると同時に経済ののりしろの拡大を意味する。同文書では、生産性上昇が失業率に比例すること、GDP成長率の上昇が失業率に反比例することを図表で示している。失業率は生産性と成長の双方に依存する経済指標であり、かつ失業率は経済ののりしろを表象する指標として物価安定を表象する指標でもあること、が失業率をフォワードガイダンスの指標として採用した大きな理由と同文書からは読み取れる。

上記の検討を経てMPCは失業率をフォワードガイダンスの指標として採用することを決定した。なお、低金利政策を変更しない条件の数値(閾値threshold)としてMPCは、現在の失業率7.8%と、BOEスタッフの推計する中期的均衡失業率である6.5%の中間である7%を採用した。また上記のとおり、物価予測・インフレ期待・金融安定という3つのノックアウトを設定して、同文書の結論としている。

低金利政策維持のロジックと条件

BOEが金融政策に公式なフォワードガイダンスを導入したことで、FRB・日銀・ECB・BOEという主要中銀のフォワードガイダンスが出揃った。しかし、各中銀の法律上の使命と、各国のインフレ率の状況はそれぞれに異なる。上記のうち英国以外の国・地域では、中銀の使命に雇用最大化が明記されている(米国)かまたはインフレ率が中銀の目標を下回っている(米国・日本・ユーロ圏)。従ってFRB・日銀・ECBにとっては低金利政策の継続を条件付きでコミットすることはその使命・環境からも比較的容易である。

しかるに英国では、中銀の使命に雇用最大化は明記されておらず、なおかつインフレ率が政府目標の2%を大幅に上回っている(6月時点の英国の消費者物価指数は前年比+2.9%)。従って、低金利政策を継続するためのフォワードガイダンス設定には相応の理論武装が必要だったことになる。

今回のインフレーションレポートおよび同文書では「トレードオフ」と「ノックアウト条件」という概念を導入することで、低金利政策維持のフォワードガイダンスとBOEの主たる使命たる「物価安定」との整合性を維持したと言える。さらに、ノックアウト条件の一つである「MPCのインフレ予測」もこの整合性を維持する重要なファクターとなっている。同日のインフレーションレポートによれば、MPC委員によるインフレ率予測の中央値は、2015年第4四半期時点で前年同期比2%となっている。低金利政策維持のためにはこのインフレ予測が今後大幅に上ぶれることでノックアウトに抵触しないことが条件となる。これもBOEの低金利政策維持の重要な条件であることには留意が必要だろう。

スポンサーサイト