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トレンドとサイクル~アベノミクス財政政策への示唆

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アベノミクスの第2の矢「機動的な財政政策」は景気サイクル押し上げには有効だが、景気トレンドを変えるものではない。景気トレンドが上向くには潜在成長率を引上げる必要がある。持続的成長のためには第3の矢「民間投資を喚起する成長戦略」がより重要になってくる。

名目経済のトレンドは下降中、サイクルは上昇中

日本の景気変動を循環(サイクル)と趨勢(トレンド)に分解してみよう。1960~2012年の日本の名目GDP実績値を対数化してHPフィルターを用いて平滑化したものが[第1図]、うち直近の11年間を拡大したものが[第2図]である。曲線は名目GDPの景気のトレンドを表し、実績とトレンドの乖離が景気のサイクルを表している。

日本の景気サイクルの変動幅を見るため、第1図の期間の名目GDP実績値のトレンドからの乖離率の推移を見たのが[第3図]である。上記の期間における日本の名目GDPのトレンドと名目GDPの標準的な乖離率(標準誤差)は約2.6%との結果になった。

これらのグラフから以下のことが読み取れる。まず、日本の名目GDPトレンドは1990年代初から鈍化を始め、1990年代半ばから低下に転じている。次に、名目GDPのサイクルは現在上向き方向にあり、2012年時点ではほぼトレンドの水準にまで回復している。また、日本の景気サイクルの標準的な変動幅は概ね名目GDPの約2.6%である。


[第1図]
20130324図1


[第2図]
20130324図2

[第3図]
20130324図3

実質成長のトレンドは減速を続けている

物価調整後の実質GDPについては、統計の連続性のある1994~2012年の期間で同様の分析を行ってみた([第4図]参照)。これによれば、実質GDPのトレンドは現在も上向きではあるがそのペースは減速している。実質GDP成長率トレンドの推移を見てみると、実質GDP成長率トレンドは1995年には前年比約+0.9%だったのが、2012年には同約+0.5%に低下している([第5図]参照)。また実質GDPのサイクルは、名目GDPと同様現在上向きかつトレンドに回帰するまでに回復している。

以上から、日本の景気は現在上向きサイクルにありかつほぼトレンドにまで回復しているが、経済のトレンド自体は低下(名目ベース)または減速(実質ベース)趨勢にあることがわかる。名目ベースのトレンド低下は物価上昇率の低下も要因で、物価調整後の実質ベースの成長率は上昇トレンドにある。しかし実質ベースの成長も継続的に低下していて、現在は前年比+0.5%レベルを下回っている。

[第4図]
20130324図4

[第5図]
20130324図5

財政政策でトレンドを変えることは困難

一般に、財政政策には景気の循環的な変動を均す役割がある。景気後退期には財政拡大で総需要を拡大し、景気拡大期には財政縮小で総需要を抑制する。これは、景気がトレンドを下回っている時にはサイクルを押し上げ、トレンドを上回っている時にはサイクルを押し下げることを意味する。財政政策により景気の短期的な波を小さくして成長をトレンドに沿わせることができる。

しかし、財政政策で成長トレンドそのものを動かすことは困難である。財政による総需要の調節には自ずと限界がある。歳出は税収や国債による歳入の制約から無制限の拡大はできず、また社会保障費など義務的歳出の制約からゼロにすることもできない。

また、財政支出拡大は一時的に総需要を拡大しても、中期的にはこれが民間需要を押しのける(クラウドアウトする)ことが経験的には多い。[第6図]は内閣府国民経済計算による経済主体別貯蓄投資バランスの推移である。総じて日本では、90年代以降政府部門がほぼ恒常的に投資超過になっている。これに伴い民間部門とくに企業部門が恒常的に貯蓄超過になっている。短期的には政府部門と企業部門の貯蓄投資バランスは反対の動きをすることが多い。政府部門の投資拡大が企業部門の投資をクラウドアウトしている可能性をこの図は示唆している。

[第6図]
20130324図6

成長率のトレンド上昇=潜在成長率引上げ

国の成長率のトレンドが上向くことは国の潜在成長率が上昇することとほぼ同義である。潜在成長率とは「景気循環を調整した趨勢的な成長率」(日本銀行「日銀レビュー:潜在成長率の各種推計方法と留意点」2009年9月)、いいかえれば国が本来持続的に実現できる成長率である。

潜在成長率の推計にはいくつかの方法がある。ひとつがフィルタリングアプローチで、GDPの時系列分析で取り出したトレンド部分をもって潜在成長率とするものである。上記で試算したHPフィルターによるGDP実績の平滑化の結果は、フィルタリングアプローチによる潜在成長率推計の一種ということができる。

別の推計方法に生産関数アプローチがある。これは経済の供給面からその国の持続的な生産力を推計する方法である。生産関数アプローチによれば、潜在生産力は労働投入量・資本蓄積・全要素生産性の3要素で決定される。労働投入量は就業者数と労働時間、資本投入量は資本ストックと稼働率で決定される。就業者が増えるほど、また企業の生産手段が増強されて設備稼働率が上がるほど潜在GDPを押し上げることになる。さらに、全要素生産性つまり技術革新などによる生産性が高くなるほど潜在GDPが高くなる。同じ労働力・資本でも、生産効率が高いほど国の潜在成長率は上昇する。

複数の機関による推計では、日本の潜在成長率は90年代前半に1%前後に急低下し、その後1%前後で推移したのち、2007年以降再び低下して現在は1%を割り込んでいるとされる(内閣府「日本経済2011‐2012」)。

日本の趨勢的な成長率を高めるには、財政政策によるサイクル調整だけではなく、維持可能成長力である潜在成長率の引上げが必要となる。日本の人口動態からは、労働力人口の制約を受ける労働投入量の飛躍的拡大は難しい。すると潜在成長率引上げには、企業設備投資と技術革新の促進が必要ということになる。

なお、現在の日本はマイナスの需給ギャップを抱えている。需給ギャップとはGDP実績値と潜在GDPの差で、潜在成長率の構成要素のうちでは主に就業者数(失業率)と稼働率に反映される。サイクルとしての需給ギャップ調整の一部は総需要拡大策としての財政政策が担っているといえる。

アベノミクスへの示唆: 10.3兆円は一般的には妥当な水準

安倍首相の経済政策いわゆるアベノミクスは、経済再生のための「三本の矢」として「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」をあげている。また数値目標として名目3%の経済成長と2%の物価安定を掲げている(安倍総理大臣「1月28日所信表明演説」、自民党「重点施策2012」)。

第2の矢である「機動的な財政政策」として、約10.3兆円の緊急経済対策を含む平成24年度補正予算が2月26日に成立した。10.3兆円は日本の名目GDPの約2.2%に相当する。これは日本の名目GDPの循環的変動である2.6%にほぼ近い水準である。つまりこの緊急経済対策の規模は景気サイクル調整の規模として一般的に妥当な水準だといえる。

財政による成長押し上げはトレンドを上向かせたことにはならない

ただ、現在の日本の名目GDPのサイクルが既に上向きでありかつトレンドに回帰していることを勘案すれば、この財政出動は景気をトレンドからさらに上方に突き抜けさせることを意図しているとも解釈できる。もしもこの財政政策が景気のサイクル調整のみならず景気の趨勢を上向かせる効果を意図したものだとすると、その効果には疑問がある。

上記のとおり、財政政策は金融政策とともに経済のサイクルを調整するものだとすれば、財政政策で短期的に成長を押し上げることはできても、持続的な成長の実現はできない。

アベノミクスが掲げる名目3%成長と2%の物価安定目標から実質成長率をとりだすと、実質成長率目標は1%という計算になる。1%の実質経済成長の達成は困難ではない。2013年の日本の実質GDP成長率予想を筆者は前年比+1.3%としており、これは既に目標である1%を上回っている(緊急経済対策の内容と成長押し上げ効果については1月20日付当レポート、その後の日本の成長率予想修正については3月17日付当レポート参照)。

持続的成長には第3の矢が重要

しかし、前年比+1.3%の実質経済成長のうち1.2%は緊急経済対策10.3兆円による一時的な押し上げ効果である。財政政策だけで今後も成長を維持しようとすると、財政拡大を毎年続けねばならないことになり、これは財政赤字問題と照らして困難である。また財政拡大の継続は、民間の成長をクラウドアウトして財政拡大=景気拡大という構造を創る虞がある。民間投資は利潤を生みそれを再投資するインセンティブによりスパイラル的な成長実現が可能だ。一方公共投資は利潤を目的としないので、その成長効果は一過性になりやすい。

持続的な成長のためには、一時的な需要創出に加えて、持続的な民間生産力が需要拡大とあいまって拡大する必要がある。持続的経済成長の実現にはアベノミクスの第3の矢である「民間投資を喚起する成長戦略」がより重要になってくる。

<参考文献>
Mark Thoma ,“Potential Output: Measuring the Gap”, Economist’s View, February 8, 2012
http://economistsview.typepad.com/economistsview/2012/02/potential-output-measuring-the-gap.html
池尾和人「潜在GDPのHPフィルター集計」 アゴラ 2012年2月20日 
http://agora-web.jp/archives/1433260.html
日本銀行「日銀レビュー:潜在成長率の各種推計方法と留意点」 2009年9月
内閣府「日本経済2011‐2012」 2011年12月


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