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<経済レポート> ふところの深さ:米需給ギャップと労働市場余剰

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米議会予算局は8月の「財政・経済見通し」で、米国のここ数年の潜在成長率推計値を上方改訂した。結果米国経済のマイナスのGDPギャップはこれまでの想定よりも相応に大きかったことになる。しかし、これは経済拡大ペースの予想以上の加速にともなう循環的な部分の調整にすぎず、数字上もFRBの金融政策予想に影響を与えるものではないと見たい。ただし、FRB金融政策についての当レポートの予想は、先月下旬からの世界株価同時安を背景とする後倒しリスクを引き続き孕んでいると言わざるを得ない。

米議会予算局は潜在GDP推計値を引き上げた

米国の実質GDPは4-6月期に前期比年率+3.7%(改訂値)と拡大ペースが急加速した。結果、米経済は前年比で見た場合、5四半期連続で+2%を超える成長率を維持したことになる。一方、米議会予算局(CBO)の推計する2014~2015年の米国の潜在成長率は同約+1.5~1.6%となっている(米議会予算局「財政・経済見通しアップデート 2015年~2025年」2015年8月)。米経済は8四半期連続で潜在成長率を上回る成長を維持していることになる([第1図])。これは、この間米経済のマイナスの需給ギャップが着実に縮小していることを意味する。マイナスの需給ギャップの縮小は、米国経済の需給タイト化とデフレ圧力後退という形で、FRBの金融政策正常化を正当化する材料の一つともなる。

ところで、CBOは2015年8月の「財政・経済見通しアップデート」(以下8月「見通し」)において、米国の推計潜在GDPを今年1月の推計値に比べて上方改訂している。CBO8月推計の2014年の潜在GDP(2009年連鎖価格)は16.615兆ドルと、1月時点の推計値16.523兆ドルに比べて約+0.6%上方改訂されている([第2図])。潜在GDPがこれまでの想定よりも大きかったということは、米国経済のマイナス需給ギャップがこれまでの想定よりも大きいことを意味する。

マイナスの需給ギャップが想定よりも大きいことは、今後のFRBの金融政策やインフレの見通しに影響を与える可能性がある。以下では、新たなCBO推計による米国の需給ギャップ拡大の背景と、これが主に金融政策見通しに与える影響を見ていく。

[第1図]
20150903図1

[第2図]
20150903図2

推計潜在GDP引上げ要因は潜在労働参加率と自然失業率

CBOは8月「見通し」において、最近数四半期分の潜在GDP推計値上方改訂の理由として、①潜在労働力人口推計の上方改訂と、②自然失業率の下方改訂、を挙げている。まず潜在労働力人口の上方改訂の背景として「短期的な潜在労働参加率推計を上方改訂」し「2015年前半において従前の推計よりも0.5%引上げ」た。潜在労働参加率推計引上げの理由としてCBOは「個人が労働市場に参入または再参入しようとする意思が従前よりもより強くなった証跡」と「現在非労働力人口となっている人にとってのより良い雇用見通し」を挙げている。つまりCBOは、現在労働力人口の外部にいる人(過去4週間の間求職活動を行っていない者)が再び労働市場に回帰する見通しが従前より高まりまたそうした人たちの雇用への期待が1月時点より高まっているとしている。8月「見通し」が推計する2014年の潜在労働参加率は64.0%で、同年の労働参加率実績62.8%はこれよりも1.2%低い([第3図])。

またCBOは8月「見通し」で、米国の自然失業率をも下方改訂している。例えば2015年の自然失業率は8月「見通し」で5.1%と推計されている。1月推計では、これが5.4%とされており、失業率実績(7月時点で5.3%)は自然失業率を下回り米国労働市場が既に完全雇用状態にあることになっていた。しかし8月「見通し」の推計では労働市場には余剰(slack)が存在するとの結果になっている([第4図])。自然失業率推計値引き下げの背景としてCBOは「長期失業者の求職性向についての最近の証跡」としており、この証跡は「長期失業が失業者の求職意欲の恒久的喪失やスキル悪化を招くことが従前の推計より少ないこと」を表しているとしている。長期失業者が求職をあきらめずに労働力人口にとどまっていること、すなわち長期失業者が4週毎かそれ以上の頻度で求職活動をし続けていることは、むしろ今後これらの失業者が雇用される可能性が高いことを表しているといっているのである。

当レポートでは労働参加率の低下は主に構造要因によるもので、今後上昇の可能性は低いと見ている(2014年1月13日付当レポート参照)。また、長期失業率も主に雇用ミスマッチ等の構造要因によるもので、自然失業率が以前よりも上昇している可能性もあると見てきた(2014年9月14日付当レポート参照)。例えば、筆者個人は、HPフィルターによるトレンド抽出というシンプルな方法から、2007年から2015年までの約3%の労働参加率の低下はほぼトレンド要因(≒構造要因)により説明できると考えている([第5図])。また、uv曲線の上方シフトは、雇用ミスマッチ等による構造的な失業が金融危機前に比べて増加している可能性を示唆するものである([第6図])。

[第3図]
20150903図3

[第4図]
20150903図4

[第5図]
20150903図5

労働市場余剰拡大方向の改訂は調整の範囲

CBOによる今回の潜在労働参加率上方改訂と自然失業率下方改訂は、これまでの当レポートの見方から乖離する方向にも見える。

しかしながら、以下の理由から、CBOの8月「見通し」における潜在GDP上方改訂や労働市場の余剰を表す指標の改訂は、当レポートのこれまでの見方と不整合となるものではないと見たい。すなわち、CBOによる改訂は主に2010年以降の直近の数年におけるものであり、この間の経済成長が予想以上に強かったというトレンドの上方修正を反映したものに過ぎないと考えられることである。ここ数四半期の間の労働市場のタイト化と成長加速は、中期的には企業をしてより多くの雇用拡大意欲を持たせるに合理的な環境であり、求職者をして今後の雇用への期待拡大から求職活動を継続または拡大させるインセンティブとなっていることは合理的に憶測できる。その結果潜在労働参加率が一時的に上方シフトし、自然失業率が一時的に下方シフトすることは十分に考えられる。

一方で、CBOは潜在労働参加率の上方改訂にも拘わらず、今後の米国の潜在労働参加率については依然低下トレンドを予想している。これは、CBOが労働参加率低下の要因の相応の部分を構造要因によるものと考えていることとも整合する(CBOは、2007年から2015年にかけての労働参加率の約3%の低下のうち、約1%が景気悪化という循環要因、約0.5%が人口動態等の構造要因、約0.5%が長期トレンド要因-若年層の労働参加率低下、長期的な労働市場からの退出、オバマケアといった制度要因など‐としている)。

[第6図]
20150903図6

テイラー・ルールはまだ当レポート金融政策予想を支持している

CBOによる潜在GDPの上方改訂が、これまでの労働市場についての当レポートの見方と大きく乖離するものではないとすれば、マイナスの需給ギャップ縮小に伴うデフレ圧力後退、時間当たり賃金上昇率の今後の加速、そしてFRBの金融政策についての当レポートの見方を基本的に変更する必要はないだろう。ここで、8月「見通し」のCBO推計の潜在GDPをもとに、米国のマイナスの需給ギャップを試算し、これがFRB金融政策予想に与える影響を点検してみよう。

CBOの8月「見通し」及び米商務省のGDP統計(8月の年次改訂反映後)をもとにした筆者の計算によれば、米国のマイナスの需給ギャップは2014年末時点で-3.4%、2015年4-6月月期時点で-3.1%と計算される。CBOの1月見通し及び8月年次改訂前のGDP統計を基にした2014年末時点のGDPギャップは-2.0%と計算されていたから、双方の改訂でマイナスの需給ギャップは-1.4近く拡大したことになる([第7図])。この拡大は一見かなり大きいものに見える。

しかし、2015年4-6月期の成長率急加速によりこの差分も金融政策に与える影響は限定的と見たい。[第8図]は8月改訂後のGDPギャップをテイラー・ルール公式に代入して、適正なFF金利の推計を改めて行ったものである。結果、コアPCEデフレーターをインフレ指標として用いた場合、2015年4-6月期の適正FF金利は0.3%、2016年1-3月期のそれは0.7%との結果になった。これは潜在成長率及びGDP統計改訂前の推計値(それぞれ0.9%、1.4%、6月21日付当レポート参照)よりもいくぶん下方にシフトしている。しかしながら、8月改訂後の推計でも2016年10-12月期の適正FF金利は1.6%と推計される。これは9月に初回の0.25%利上げが実施されその後1会合おきに0.25%の利上げ(2016年末FF金利誘導目標レンジ1.5~1.75%)という筆者個人の予想を依然正当化する結果である(実質GDPとコアPCEデフレーターの今後の推移は筆者個人の予想)。

[第7図]
20150903図7

[第8図]
20150903図8

金融政策予想維持するもリスクは下方

以上より、GDP統計年次改訂による過去の実質GDPの下方改訂及びCBOによる潜在成長率の上方改訂は、米国経済のマイナスの需給ギャップがこれまでの想定よりも大きかったことを示すものの、これらだけをもって金融政策に大きな影響を与えるものではないと見ておきたい。これらの推計値改訂はむしろ、米国経済の懐の深さを示すものといえよう。

もっともこの9月利上げ開始予想には引き続き後倒しリスクがある(8月27日付当レポート参照)。8月の急落後一旦持ち直した世界の株価は今週に入り再び下落している。NYダウが15000ドルを本格的に割り込んだ場合にはテクニカルには更なる下落の可能性が高まる。また、中国の株価下落がBRICS等の新興国金融市場に波及して、先進国をも巻き込んだ更なる世界株価下落をもたらす場合、次に中国やアジアのファンダメンタルズ悪化の顕在化で資源価格の下落を通じて米国ファンダメンタルズやインフレ率への下方リスクが示現する場合、そして中国・アジアの景気減速が同地域への輸出の更なる減速を招いて、実体経済を通じた成長押し下げとなる場合には、金融政策シナリオそのものの見直しも考慮する必要が出てこよう。

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