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<経済レポート> ニュー・ノーマルの研究:FRBブレイナード理事講演

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ブレイナードFRB理事の12日の講演は、同氏及びFOMC内のハト派の考え方を包括的に提示した内容だった。状況証拠的には9月FOMCでの利上げ決定の可能性は後退したといえ、次回利上げは12月との個人予想は維持する。一方で当レポートでは米国経済は利上げ開始の条件が整っていると見ている。ブレイナード理事の講演内容に見られるニュー・ノーマルの考え方を点検し、これを当レポートの見方と比較検討する。

ブレイナード理事講演はハト派:9月利上げ可能性は低下したが。。

12日にブレイナードFRB理事はシカゴで「“ニュー・ノーマル”とその金融政策への意味」と題する講演を行った。FRB高官から利上げに積極的と受け取られる発言が相次ぐ中、FRB連邦公開市場委員会(FOMC)委員の中でハト派と目される同理事の講演は、9月の利上げ決定如何を占う重要な材料とされていた。結果は、同理事の従来の主張通りハト派的・リベラル的な内容の講演であった。ブレイナード理事は、「ニュー・ノーマル」下にある経済につき5つの特徴を上げ、「金融緩和政策の解除は慎重に」すべきとの考えを表明した。これは、FRBの執行部(FRB議長を含む理事5名)の中には依然利上げに慎重な意見が存在することを示唆している。

FOMCにおいて理事が決定に反対票を投じたのは、2005年9月20日のオルソン理事(当時のFRB議長はグリーンスパン氏)が最後である注1)。しかもこの反対票は、同8月に米国に大きな被害をもたらしたハリケーン・カトリーナの影響を見極めるべく利上げを停止すべきとの一時的な要因を背景とする意見。その後、バーナンキ議長、イエレン議長の時代において、議長・理事間で票が分かれたことはない。FOMCの10名の投票メンバーのうち、イエレンFRB議長を含む5名のFRB理事及びNY連銀総裁の計6名の票は分裂させないと前提すれば、20-21日のFOMCでは利上げ見送り票が過半数となる計算となる。この前提に立てば、9月20-21日のFOMCでの利上げ決定は考えづらい。よって従来の当レポートの筆者個人予想である、次回利上げ決定は12月FOMC定例会合との予想を維持する。

一方で、ブレイナード理事の講演には、FOMC内のハト派の主張根拠がほぼすべて整理された形で盛り込まれている。すなわち、①フィリップス曲線の平坦化、②労働市場ののりしろ、③海外経済減速、④中立利子率の低下、⑤金融政策の非対称性、の5つである。本レポートでは、同理事の講演を基に、同氏がニュー・ノーマルと称する米経済の現状を点検する。

自然失業率を下回ればインフレ加速が期待できる

ブレイナード理事は、現状の経済は「ニュー・ノーマル」状態にあり、「10年以上前の過去」の金融政策のセオリーが妥当しないケースが多いとしている。まず、「①フィリップス曲線の平坦化」につき同理事は、「フィリップス曲線は過去に比べ信頼度の低い道標」であるとして「フィリップス曲線の平坦化と期待インフレ率の低下」が「インフレの継続的な下ぶれ」を招く可能性があると述べている。

しかし、指標を見る限り、フィリップス曲線が全体に平坦化している証跡は見られない。[第1図]は、2005年から直近までのインフレ率と失業率の関係を示すシンプルなフィリップス曲線である(インフレ率はコア個人消費支出価格指数を用いた)。実際、2013年~現在にかけて、失業率は約7.5%から約5%に低下したが、インフレ率は1.5~2%で横ばい推移している。これは確かに曲線の平坦化である。しかし、筆者個人は、この平坦化は失業率が自然失業率を上回っている領域においてみられる現象であり、失業率が自然失業率を下回る領域では曲線は再び傾斜を強める(失業率の低下に対するインフレ率上昇ペースが加速する)とみている。これは賃金版フィリップス曲線においてより明かである([第2図])。フィリップス曲線は失業率が5%を下回る領域では傾斜が強くなり、かつ過去数四半期に失業率が5%に近づくにつれ、賃金上昇ペースが加速していることがわかる。

つまり、今後失業率が緩やかながら自然失業率を下回って低下すれば、これまでよりもインフレ率及び賃金上昇率は上昇し、FOMCの2%目標は視野に入ってくると個人的には見る。

[第1図]
20160919図1

[第2図]
20160919図2

自然失業率は5%弱と推計:現在は完全雇用に近い

次に同理事は「②労働市場ののりしろ」について述べている。同理事によれば「自然失業率は不確実であり時間とともに変化する」「自然失業率推計値が今後さらに低下する可能性を否定できない」として、現在の失業率実績(8月時点で4.9%)、が自然失業率(2016年6月FOMC委員経済予測による長期均衡失業率の中央値は4.8%)に接近しているにも関わらず、労働市場ののりしろは見かけ以上に大きい可能性があることを指摘している。

しかし、当レポートでは、米国の現在の自然失業率は5%前後だと見ている。第3図は「コア個人消費支出価格指数(PCE)インフレ率を変動させない失業率の水準」との観点から、米国の自然失業率を推計したものである。失業率とコアインフレ率の関係を示す回帰曲線は2008年の金融危機前後に大きくシフトしている。1995年~2007年のデータに基づく自然失業率は約5%と推計される一方、2007年~現在のデータに基づくそれは約7.3%に上昇している。しかしながら、2016年にかけて失業率が5%に向けて低下するにつれ、インフレ率と失業率の関係は2007年以前のデータに基づく回帰曲線に再接近していることがわかる。すなわち、金融危機の影響を排したデータに基づけば、米国の自然失業率は5%前後であることが推測できる。この結果は、米議会予算局(CBO)の推計する自然失業率(2016年時点で4.7%)ともおおむね一致している。またCBOは、自然失業率が2026年まで4.7%で横ばい推移すると推計している(CBO「財政・経済見通しアップデート」2016年8月)。

つまり、現状の米国経済は約5%弱の自然失業率を前提としてほぼ完全雇用に近いと言ってよく、また今後自然失業率が大幅に低下するという確たる根拠は現状みられないことになる。

[第3図]
20160919図3

中立金利低下でも利上げは可能な水準

次にブレイナード理事がニュー・ノーマルの特徴として挙げる「④中立金利の低下」をみる。同理事は「中立金利は金融危機以前に比べ大幅に持続的に低下した」として「現在のFF金利水準は10年前の同じ水準に比べてより引き締め的である」と述べている。中立金利の低下の反映として「7年感の景気拡大において加速がみられない」こと、また背景として「海外需要の軟化」「生産性上昇率の低下(1950年~200年の期間には+2.5%、過去5年平均は+0.5%)」を上げている。

確かに当レポートでも、米国の中立金利は低下していると見ている。[第4図]は、米国の実質中立金利(=潜在成長率)を3通りの方法で推計したものである。①はCBOによる潜在成長率推計値、②は実質GDP実績値をHPフィルターで平滑化した推計値、③は長期金利からインフレ率を差し引いた長期実質金利実績値をHPフィルターで平滑化したものである。これによれば、現在の米国の(実質)中立金利は約+1.5%~+2%の間と推計される。やや保守的に見ても、米国の中立金利は+1.5%レベルには位置しており、これは金融危機以前の水準に比べて低下しているものの、一部のFOMC委員がいうように「ゼロ」にはなっていないことになる。+1.5%の中立金利を前提としたテイラー・ルールに基づく適正FF金利水準は2016年第4四半期において約0.5%と推計され、これは年末の追加利上げを正当化できる材料である(9月11日付当レポート参照)。

米国の中立金利が低下していることは事実であるが、その水準は保守的に見ても+1.5%程度はあり、この保守的な水準を前提としても年内の利上げは正当化可能である。

[第4図]
20160919図4


金融政策の非対称性は克服可能

最後に、ブレイナード理事がニュー・ノーマルの特徴として挙げる「③海外経済減速」「⑤金融政策の非対称性」につき簡単に触れる。海外経済減速の影響について同理事は「欧州、日本、中国」の成長減速を挙げ、さらに金融市場、特にFRB利上げに伴うドル高を通じた米経済への悪影響のリスクを述べている。筆者個人は、内需を中心とする米国の実体経済は相対的には海外経済の影響を受けにくく、これが原油価格や株価の大幅下落を伴う金融市場を通じた波及をもたらさない限り、米国経済は堅調に推移すると見る。為替影響は輸出減速を通じて米国の成長に影響を与えるものの、その程度は内需に比して限定的である。

「金融政策の非対称性」は、過去に3月FOMCなどでも議論されたテーマである(4月17日付当レポート参照)。政策金利をマイナスにできないゼロ金利制約下の金融政策においては、金利引き上げは金利引き下げよりも慎重に実施すべきとの考え方である。3月FOMC議事要旨からは、「多くの」参加者が金融政策の非対称性を根拠に利上げに慎重なスタンスを示し、またイエレンFRB議長も3月30日の講演でこの点に触れている。ブレイナード理事の講演内容はほぼこれらの議論に即した意見となっている。

しかし、すでに8月の一連のFRB高官発言が利上げ開始を支持する内容にシフトしていることからは、この非対称性を克服しうるだけの利上げ正当化根拠がFOMC内に相当に根付いていることが推測できる。なお、当レポートではむしろ、利上げは早期に実施し、将来の金融再緩和実施に備えて金融政策ののりしろを維持しておくのが有効だと考えている。


注1)セントルイス連銀 “Making Sense of Dissents: A History of FOMC Dissents”2014年9月15日
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