<経済レポート> 新重商主義:トランプ米大統領就任

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20日、ドナルド・ジョン・トランプ氏が米大統領に正式就任した。就任式直後より同氏はTTP離脱を正式表明、オバマケア見直しの大統領令に署名するなど、「100日計画」の一部を早速に実行に移している。一方で同氏の各種政策の実現には不確実性が依然高い。トランプ氏の減税や財政政策を勘案しない筆者個人の成長予想は年初時点のものを維持することとする。ただし、同氏の新重商主義ともいうべき政策は、予想に対する上振れ要因であることも不変である。

トランプ大統領就任演説:人民主権と米国第一を主張

20日、米ワシントンD.C.のホワイトハウスにおける就任式で、ドナルド・ジョン・トランプ氏が米国の第45代大統領に就任した。2期続いたオバマ民主党政権から8年ぶりの共和党への政権交代である。オバマ氏が大統領に就任した2009年のリーマン・ショック直後の世界経済混乱期に比べ、今年2017年は経済的には安定期である。一方で政治的・地政学的には、今年は2009年よりも激動期にあるといえる。本レポートでは、トランプ大統領の就任演説や公表政策から、本レポートの米経済見通しを点検していく(大統領選挙戦前後のトランプ氏の政策については、2016年11月24日付当レポート参照)。

まず、トランプ新大統領の就任演説の内容をみる。就任演説は結果的に従前からのトランプ大統領の公約に整合する内容だった。一方で、演説内容は同氏の就任前の過激な発言に比較すれば穏当で正統的なものだったといえる。北朝鮮ミサイル脅威とイスラム過激派テロに関する部分を除き、同氏特有の他国への攻撃的発言は見られなかった。就任演説のメッセージは「人民主権」と「米国第一主義」の二つに整理できる。前者につきトランプ大統領は「我々は権力をワシントンDCから米国人民に移譲する」と述べ、その背景として「支配階級establishmentは自分自身を守ってきたが国民を守ってこなかった」とした。後者につき同氏は「この瞬間から、(我が国を統治するビジョンは)米国第一America firstになる」とのべ、「すべての通商、税制、移民、外交に関する判断は米国の勤労者と家庭の利益となる」「米国製品を買い、米国人を雇用するBuy American and Hire American」と述べた。

「人民主権」は、「支配階級」を「従来の職業政治家」、「米国人民」を「製造業等のオールドエコノミ―従事者」ととらえれば、ビジネスマンとしての新大統領自身が国内産業復活を目指すという同氏の考え方に直結するものである。「米国第一」は、従来からのトランプ氏の国内産業重視、保護主義的考え方と同一である。トランプ大統領は演説で「何十年もの間、我々は外国産業の利益のためにアメリカ産業を犠牲にしてきた」「工場は閉鎖され海外に流出した」「中間層の富は母国から引きはがされ世界中にばらまかれた」とも述べている。総じて就任演説にサプライズはなかったと言える。

ホワイトハウスHPではTPP離脱を正式表明

次に、トランプ大統領の正式就任後公表された政策について見る。ホワイトハウスのHP は20日付でトランプ新大統領の内容に一新された。同HPの「課題Issues」欄にはトランプ氏の大統領としての正式な政策が掲載された。20日現在のその内容は[第1表]の通りで、総じて就任前の同氏の公約と整合している。就任前の公約をほぼ踏襲した政策は、「エネルギー産業保護」「軍備拡大」「環太平洋パートナーシップ(TPP)からの撤退」「北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉」「個人所得税・法人税減税」などである。就任前公約からややトーンが変化した政策が「移民対策」で、一時公約から消えていた「国境の壁建設」が明示的に復活している一方「不法移民の強制送還」は明示されていない。公約に比べて後退したのが財政支出であり、「10年間で1兆ドルのインフラ整備」などは20日現在でホワイトハウスHPには明示されていない(もっとも就任演説でトランプ氏は「我々は、道路、高速道路、橋梁、空港、トンネル、鉄道を我らが素晴らしき国の至るところに建設する」と述べている)。「中国の為替操作国認定」はまだホワイトハウスHPには明示されていない。なお、トランプ大統領は20日に複数の大統領令に署名し、それらには医療保険制度改革法(Affordable Care Act、いわゆるオバマケア)の見直し指示、住宅ローン保証料軽減措置の差し止め、が含まれていると報道されている(WSJ紙等)。以下では大統領正式就任後のトランプ氏の政策のうち、経済成長にかかわるものにつき再点検する。

第1に、エネルギー政策につき、ホワイトハウスHPでは「環境問題からのエネルギー産業制約撤廃」を掲げた。これは従前からのトランプ氏の選挙公約(2016年10月22日ゲチスバーグ演説など)とほぼ同内容である。ゲチスバーグ演説同様に「50兆ドル相当のシェールオイル」の活用がホワイトハウスHPに明記された。さらにホワイトハウスHPでは「7年間で300億ドルの賃金増」を目指すとされている。7年間で300億ドルつまり年間約43億ドルの賃金増は、現在の米国の名目年間賃金・給与約8.3兆ドルの約0.05%であり、雇用加速による賃金増加ペースとしては現実的な範囲といえる。エネルギー産業重視は共和党の伝統的な政策とも整合するもので、その実現性は相対的には高いといえるだろう。

第2に、通商政策につきホワイトハウスHPでは「TTPからの離脱」「あらゆる新たな通商交渉は米国雇用者の利益を確保」「NAFTAを再交渉、相手国が再交渉拒否の場合は米国の離脱意思を通告」するとしている。いずれも選挙前後の公約と整合する内容であるが、TPPについては即時離脱を正式表明、NAFTAについては再交渉として濃淡をつけている。TPPは依然交渉中の協定であり、現時点での離脱は米国にとっての損得はない。一方NAFTAは実施済の協定でありその影響が大きいことから「再交渉」にとどめたと思われる。NAFTAの相手国であるカナダとメキシコのうち、対カナダ貿易収支は2015年現在でほぼ均衡、対メキシコ貿易収支は579億ドルの赤字(米国の名目GDPの約0.3%に相当)である。仮にNAFTA再交渉により対メキシコの貿易赤字が現在の3分の2に減少したとすれば、これはGDPを約+0.2%押し上げる結果になる(2016年11月24日付当レポート参照)。

[第1表]
20170122表1

10年間で25百万人の雇用と4%成長を掲げた

第3に、雇用と成長につきホワイトハウスHPでは「10年間で25百万人の米国雇用創出と年間4%の成長実現」を掲げている。10年間で25百万人つまり年間2.5百万人の雇用創出は、月間で+208千人の雇用増加を意味する。これは、2016年の月平均非農業部門雇用者数増前月比+179千人に比較して、意欲的ではあるが非現実的とは言えない。仮に2017年に2.5百万人の雇用増が実現するとこれは前年比+1.7%強の増加に相当する。これは筆者個人が今後の雇用増加ペースとみている同+1.5%から+0.2%の加速である。これに上記の賃金上昇加速(同+0.05%)や、労働時間の増加を見込み、消費者購買力の同+0.4%程度の加速が見込める。一方で年間+4%の成長実現は、現在の米国の潜在成長率(米議会予算局推計では2017年時点で+1.6%、2016~2026平均で+2.1%)に比較すると表面上は現実味に欠ける数値である(後述)。

第4に、減税につきホワイトハウスHPでは「米国民のすべての課税所得階層の税率引き下げと税制簡素化」「世界で最も高い税率の一つである米国の法人税率の引き下げ」を掲げている。これらは選挙戦前後の公約と同一である。米調査機関Tax Policy Centerは、個人所得税の課税所得階層見直しは2018会計年度において約1254億ドル、法人税率引下げは約2076億ドルの減税効果があると推計している(“An Analysis of Donald Trump’s Revised Tax Plan “, Tax Policy Center, October 18, 2016)。簡便化のため個人の限界消費性向を1、企業の設備投資/キャッシュフロ―比率を100%とすると、これらの減税は単年でGDPを実に約+1.8%押し上げる効果がある計算になる(2016年11月24日付当レポート参照)。所得税減税と法人税減税は、共和党が多数を占める議会の方針とも一致するため、のちに述べる財政支出拡大に比べれば状況証拠的には実現の可能性が高いといえる。しかし減税による一時的な歳入減をカバーする手立てがしめされておらず、同じく共和党の財政均衡主義との両立は一筋縄ではいかないだろう。

第5に、国防費につきホワイトハウスHPは「国防費歳出の強制削減の撤廃と軍備再構築計画を盛り込んだ予算の議会宛提出」を掲げている。米連邦予算の裁量支出は、2015年超党派予算法(Bipartisan Budget Act of 2015)で一時的にその上限が引き上げられている(国防費は2016会計年度5481億ドル、2017会計年度5511億ドル)。しかし同法による上限引き上げが2017会計年度で終了すると、国防支出はその後再び2011年財政管理法(Budget Control Act of 2011)に基づく2021会計年度までの歳出削減上限に服することになる(2021年の国防費上限は5900億ドル)。トランプ大統領は2011年財政管理法による国防支出の上限と削減義務を撤廃して国防支出を拡大するとの意図である。米議会予算局(CBO)の2016年8月現在「財政・経済見通しアップデート」によれば、2017会計年度の国防支出は約6110億ドルになると推計されており(上記国防費上限に緊急財源等同法で認められた支出を加えたもの)、これはGDPの約3.3%に相当する。過去の例では2010年(イラク戦争に多額の国防費を投入したブッシュ大統領から政権を引き継いだオバマ大統領の時代)に、国防費の対GDP比率は約4.7%に拡大していた。実際には平時の軍備拡大としては2000年代前半のGDP比率3%台後半が一つの目安となろう([第1図])。国防支出の上限が2021年以前に撤廃されて国防支出がGDPの3.8%レベルに拡大された場合、これは成長を約+0.5%押し上げる効果があることになる。政府支出の拡大はトランプ大統領の選挙戦時からの政策である一方、共和党議会では財政均衡派が多数を占めることから、トランプ氏の政策が議会承認を経て実現できる可能性は相対的には低いといえるだろう。これは、現状ホワイトハウスHPに掲載が見送られている10年間で1兆ドルのインフラ投資(年間で成長を約+0.5%押し上げる計算になる)についても同様である。

[第1図]
20170122図1

トランプ政策は成長加速に寄与するが実現性は不透明:成長予想は維持する

なお、20日の大統領就任式直後にトランプ大統領は複数の大統領令に署名し、その中には、医療保険制度改革法(Affordable Care Act、いわゆるオバマケア)の見直し指示、住宅ローン保証料軽減措置の差し止め、が含まれているとされている。前者は、2010年にオバマ政権下で成立した法律で、国民の医療保険加入義務化、メディケア(高齢者医療保険)支払への出来高制度導入、メディケイド(低所得者医療保険)の対象拡大、医薬品メーカー・保険会社・高額所得者等に対する増税、などが含まれている。後者は、米連邦住宅局(FHA)による住宅ローン保証料を、金額・期間とLTV(ローン/住宅価格比率)に応じ20~45bps軽減する政策で、オバマ政権下で決定、1月27日から施行予定であった。トランプ大統領は住宅都市計画省(HUD)宛の大統領令で本軽減策の施行差し止めを指示したとされる。HUDは同日に同軽減策の実施差し止めをHPで公表した。

オバマケアの廃止は、医療保険加入者の減少をもたらすことで、医療業界や保険業界にとってはマイナスの効果になる一方、オバマ政権下の医療業界・保険業界に対する規制強化や増税が緩和される可能性は同業界にとってプラスとなりうる。ただ、オバマケアの見直しまたは廃止の具体的内容は現状不明である。住宅ローン保証料軽減の取りやめは、住宅市場にとっては不利な材料ではあるが、現行制度からの後退ではなく今後住宅金利上昇に伴う住宅市場減速は成長見通しに織り込み済みであることから、成長個人予想への影響はない。

選挙期間及び就任後のトランプ大統領の政策が仮に実現した場合の成長押し上げ効果を、主な政策について概算したのが[第3表]である。成長への政策効果は合計で実に+3.4%となり、トランプ大統領が掲げる4%成長も可能との計算になる。特に減税の効果が大幅に成長を押し上げる計算になる。しかしながら、これらがすべて実現するとの見方はあまりに楽観的といえるだろう。まず、インフラ投資や国防支出拡大は共和党議会の同意を得にくい可能性が高い。次に、所得税及び法人税減税は共和党議会の政策と一致しているものの当初は歳入の減少もたらすものであり、他の財政緊縮がない限り財政均衡派のハードルを越えることが困難である。一方で、減税に代わる歳出削減策もトランプ政権は考慮しているとされ、最終的な政策効果は現時点でも不確実といえる。筆者個人の2017年成長予想(1月9日付当レポート参照)では政府支出拡大や減税による成長押し上げ効果は勘案していない。大統領就任式を経た段階においても、同様の前提で筆者個人の成長予想は維持することとする。

トランプ大統領の政策は、経済面から見れば総じて国内産業育成、保護主義を前面に打ち出した通商政策がベースとなっており、国富の蓄積を目標とする中世ヨーロッパの重商主義Mercantilismに類似したものといえよう。政治的に過激な発言もすべてかかる国富蓄積という目標達成の手段とみることができる。経済的な観点からは、トランプ大統領の政策が米経済成長を一時的には押し上げる要因であり、上記成長予想のリスクは上方にあるとの見方も維持しておく。

[第2表]
20170122表2


(訂正)1月23日、「10年間で25百万人の雇用と4%成長を掲げた」の第1段落に記述を追加しました。

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