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<経済レポート> のりしろを巡る議論~米労働市場条件

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イエレンFRB議長は労働市場の循環的のりしろslackが見かけより大きいとの立場をとるハト派であるが、のりしろに関する最近の発言には微妙な変化がみられる。一部労働市場指標の好転の遅れに構造要因を認めたり、またのりしろの長期化に伴う早期インフレ率上昇リスクにも言及している。これは労働参加率低下が主に構造要因であり失業率低下とともにインフレ圧力が高まるとの筆者個人の見方に沿う方向である。イエレン議長発言からも、来年半ばの利上げ開始という個人予想は維持できる。

議長の経済的ハト派色に変化

イエレンFRB議長は労働市場とりわけ労働市場ののりしろslackにしばしば言及し、その根拠となる経済指標に言及している([第1表])。基本的に議長は、表面上の失業率低下が労働市場ののりしろを過小評価しており労働市場には見かけ以上ののりしろがあるとの考え方である。またこの状況の背景には構造的要因よりも循環的要因が大きく、従って緩和的金融政策を継続することで解消可能との立場をとっている。例えば3月31日のシカゴにおける講演で議長は、労働参加率の低下が構造要因でなく循環要因であること、および労働市場ののりしろ解消に対しては金融政策が有効であることを示唆している。また7月15日の米議会宛半期金融政策報告では、失業率がFOMCの長期的均衡水準を上回っていることや、労働参加率が人口動態や失業率から期待されるよりも弱いことをもって米国には「著しい労働市場ののりしろ」が存在することを示唆している。

しかしながら、労働市場についてのイエレン議長の発言には微妙な変化がみられる。8月22日の米ワイオミング州ジャクソンホールにおける講演で議長は、労働市場ののりしろについて「労働市場に残るのりしろの水準を判断するのはより困難」になっていると述べ、これまでの「著しいのりしろ」との表現から一歩後退している。同講演では、労働参加率、経済的理由によるパートタイマー数、自発的離職率・採用率、賃金上昇率の4指標を挙げて、これが循環要因との考え方と構造要因との考え方の双方を紹介している。

また、イエレン議長は同じ講演で、FRBが開発した労働市場条件指数(LMCI)に言及している。同指数は、[表1]の経済指標を含む19の指標をもとにFRBが開発した指数で、イエレン議長は同指数の好転が失業率低下に比べて遅いことから「失業率低下は労働市場条件全体の好転をいくぶん過大評価していることを示唆している」と述べている([第1図])。しかし、LMCIは労働市場ののりしろのみならず失業率に直接現れない労働市場の条件を表象する指標による指数であり、LMCIの改善の遅れは必ずしも労働市場ののりしろの残存を意味するものではない。イエレン議長の言説は労働市場に循環的なのりしろがあるとの経済学的ハト派主張というよりもむしろ労働者が現在の労働環境にまだ不満足であるとの社会的リベラルな主張に移行しつつあると見える。

[第1表]
20140914表1

[第1図]
20140914図1

長期失業率が循環的のりしろと言及されることがなくなった

イエレン議長が引用する指標のうち、長期失業率と労働参加率についてその要因を検証する議論を見てみよう。まず27週以上の長期失業率(27週以上の長期失業者数/労働力人口)は8月現在1.9%で、金融危機前の1%弱よりも高い水準にある([第2図])。イエレン議長は3月31日のシカゴにおける講演で、6ヶ月(27週)以上の長期失業率の例外的な高さを労働市場ののりしろを表象する根拠として挙げている。また「長期失業者は究極的に労働力人口から退出する懸念」なしとはしないものの、短期失業者と長期失業者の職業・教育水準に差異がみられないこと、短期失業者の方が長期失業者よりも職を得やすいという証跡はないことから、「長期失業者も究極的にはより強い労働市場の恩恵を受ける」と述べ、長期失業率も労働市場条件により変化する循環的要因であるとの考えを示している。

しかし、最近ではイエレン議長が長期失業率を労働市場ののりしろの証跡として言及しない傾向がみられる。7月の米議会宛半期金融政策報告、8月のジャクソンホール講演のいずれにおいても長期失業率は言及されていない。一方、長期失業率の高止まりについて3月に米ブルッキングス研究所が発表したレポート注1)では、金融危機以降の長期失業者数は経済やインフレに影響を与えておらず、26週以下の短期失業率の方が労働市場条件をよく説明できるとしている。同レポートによれば、26週以下の短期失業率は既に1994年~2014年の平均値を下回っており、ここからは労働市場は金融危機前の状態にまで回復していることになる([第3図])。

筆者は、長期失業率の高止まりは主に構造要因によるものと考えている。その背景として考えられるのはまず雇用のミスマッチである。製造業の雇用者数は長期的に減少トレンドにあるが、金融危機で自動車産業が大きな打撃を受け減少ペースは更に加速した。自動車産業地域で同業に長らく携わっていた労働者が他の業種に転職できる可能性は低いと推測できる。また雇用ミスマッチは、失業率と欠員率(=(未充足求人数)÷(雇用者数+有効求人数))との関係を示すUV曲線の上方シフトからも推測できる(6月18日付当レポート参照)。

[第2図]
20140914図2

[第3図]
20140914図3

労働参加率低下に反映されるのしりろは解消しつつある

次に労働参加率について、イエレン議長はしばしばこれを労働市場の循環的要因によるのりしろの証跡として言及している。8月のジャクソンホール講演で2008年以降の労働参加率低下要因として、引退、障がい、高学歴化、求職意欲喪失を含むその他の要因の4つを挙げている。そして「昨年後半以降の労働参加率が横ばいに転じていることは一部には労働市場の好転で求職意欲喪失者が労働力人口に再流入していることの反映である可能性がある」「そうならば、循環要因による労働参加不足は解消した可能性がある」としている([第4図][第5図])。一方、引退、障がい、高学歴化についても、イエレン議長は人口動態による構造要因というよりも労働市場への期待後退などの循環要因である可能性が高いことを示唆している。

一方、FRBが9月に公表したレポート注2)は、2007年以降の労働参加率の低下の多くは構造的要因によるものとしている。ここでは高齢化のほか、高学歴化、「労働需要の2極化(労働需要が高スキル職と低スキル職に2分化し、中間スキルの職種への需要が低下する傾向)」によるミスマッチなどを構造要因と位置付けている。これらの要因を変数としたモデルにより労働参加率のトレンドを作成すると、トレンドからの乖離(循環要因による変動部分)は高々0.6%程度と推計している。

このように、労働参加率低下が構造要因か循環要因かについては、その要因の定義も含めて様々な見方があるが、筆者個人は労働参加率の低下が雇用ミスマッチや高学歴化による構造要因によるところが大きいと考えている。もっとも、イエレン議長が指摘するように、求職意欲喪失者など一時的な労働力市場からの退出者と考えられる人口が労働力人口に再流入して労働参加率が上昇することはありうる。しかし、こうした人口は金融危機以前に比べてさほど多いわけではないことに留意が必要である。非労働力人口のうち労働力人口への再流入の可能性のある人口として最も広い定義を用いて「就業意欲のある非労働力人口」の推移を見てみる。「就業意欲のある非労働力人口」の生産年齢人口に占める割合は現在約2.5%である。金融危機直前の2007年の同比率のボトムは約2%であり、現在の水準はこれよりまだ高いといえるものの、仮にこの差分が労働力人口に再流入したとしても、労働参加率の上昇はたかだか0.5%程度にとどまることになる([第6図])。

[第4図]
20140914図4

[第5図]
20140914図5

[第6図]
20140914図6

パートタイマー、自発的離職率、賃金上昇率はのりしろを表しにくい

その他、イエレン議長がジャクソンホールで言及した3つの指標(経済的理由によるパートタイマー数、自発的離職率・採用率、賃金上昇率)は、確かに循環要因の色が強く今後労働市場の改善で好転する可能性が高い指標といえるものの、これらは労働市場ののりしろというよりも労働者にとっての労働環境の指標と見るのが適切であろう。まず経済的理由によるパートタイマー数は8月現在で7277千人と、金融危機前の約5000千人に比べまだ高水準にある([第7図])。イエレン議長はこれが「現在の失業率が労働市場ののりしろを過小評価していることの理由」としつつも「経済的理由によるパートタイマーの一部は循環的でなく構造的要因で上昇していかもしれない」として、伝統的にパートタイマー比率の高いサービス業へ雇用がシフトしていることをその背景として挙げている。

自発的離職率は採用率とともに労働市場のダイナミズム(または流動性)を表す指標で、好景気時には採用と離職の双方が増加する傾向にある。自発的離職率も同様に金融危機前に比べて低い水準にある([第8図])。しかしこれらの指標は労働市場ののりしろというよりもむしろ労働市場の流動性を表す指標であり、これをもって失業率が労働力ののりしろ過小評価していることには必ずしもならないであろう。

賃金上昇率についてイエレン議長はこれを労働市場ののりしろを示す指標としながらも「循環的影響と構造的影響の区別は著しく困難」としている。伝統的考え方によれば賃金上昇率は労働市場の需給に反応するものであるとともに「(景気後退期に賃金引下げしなかったことの累積的な効果で)景気回復時に積み上がりデフレーションが起きている可能性」また「生産様式や国際貿易などの構造要因により」賃金決定方式が変化した可能性を挙げている。筆者個人は、現在の時間当たり賃金上昇率(8月時点で前年比+2.5%)は失業率低下に比べて相対的に低いものの、これは賃金上昇の遅行性によるものにすぎず、今後これまでの失業率低下を反映した賃金上昇加速が起きると基本的には見ている([第9図])。従って遅行性のある賃金上昇率はかならずしも労働市場ののりしろの大きさを示唆するものではないと見る。

[第7図]
20140914図7
[第8図]
20140914図8
[第9図]
20140914図9

循環要因縮小によるインフレ対処のため利上げは来年半ばと見る

以上をまとめると、労働市場の循環的のりしろはイエレン議長も暗に認め始めているようにかなり縮小しており、失業率はほぼ労働市場ののりしろを適正に表していると筆者個人は考える。失業率に表れていないのりしろは主に縁辺労働者の生産年齢人口に占める割合で計測できるが、金融危機前と比較したそののりしろの水準は労働参加率にして1%以下の範囲にとどまっていると考えられる。従ってインフレ率との関係で労働市場ののりしろを考える場合は、労働市場の需要超過はかなり縮小してタイト化の方向に向かっていると考えるのが適切であろう。むしろイエレン議長自身もジャクソンホール講演で紹介しているように、長期失業者を生んだ雇用ミスマッチなどの要因により「賃金と物価圧力は持続的な最大雇用が実現するよりもかなり早期に起きる可能性がある」と見ておくべきであろう。

これらより、FOMCは10月定例会合で資産購入停止を決定し来年6月または7月の定例会合で初回の利上げを決定するとの個人予想を維持する。イエレン議長はハト派であり労働市場ののりしろが見かけの失業率よりも大きいとの立場をとりつつも、循環的なのりしろの規模についてはややその縮小を認める論調に転じており、かつのりしろの長期化が賃金インフレを早期に招く可能性にも言及している。残る労働市場の課題は構造的もしくはのりしろとはやや距離のある労働条件であり、これは金融政策というよりも社会的な課題として解決を図る類のものであろう。

(補論)縁辺労働者、求職意欲喪失者、経済的理由によるパートタイマーとU-6失業率

縁辺労働者persons marginally attached to the labor forceとは、非労働力人口のうち「現在労働も求職もしていないが就業意欲はあり就業可能でかつ過去12ヶ月以内に求職をした者」のことである。求職意欲喪失者discouraged workersは縁辺労働者のうち「現在求職をしていないことが労働市場の理由による者」である。(非労働力人口>就業意欲のある非労働力人口>縁辺労働者>求職意欲喪失者)。これら非労働力人口の一部及び経済的理由によるパートタイマーemployed persons at work part-time for economic reasonsをも失業者と見做して算出された失業率が代替的失業率alternative measures of labor underutilizationのうちのU-6(いわゆるU-6失業率)である。U-6失業率の定義は「(失業者+縁辺労働者+経済的理由によるパートタイマー)÷(労働力人口+縁辺労働者)」。U-6失業率は8月現在で12.0%と、金融危機直前の2007年の8%台に比べてまだ高水準にある([第10図])。

[第10図]
20140914図10

注1)Alan B. Krueger, et al, ”Are the Long-Term Unemployment on the Margins of Labor Market?” March 20-21 2014, Brookings Panel on Economic Activity.
注2)S. Aronson, et. al., “Labor Force Participation: Recent Development and Future Prospects”, September 2014, Finance and Economics Discussion Series, Federal Reserve Board.
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